昭和39年12月08日 朝の御理解
辛抱するということが一番大切。何事にも辛抱するということが、一番大切。とくに、神信心には。とりわけ辛抱のできん人は、よい信心は頂けない。三代金光様のお言葉に、「神信心には辛抱することが一番大切でございます」。信心で一番大切なのは辛抱だ、と教えておられます。しかし、その辛抱も、私は、お金の徳とか物の徳とか、様々な金の徳を受けた人もおりゃあ、健康の徳を受けた人もある。
けれども、辛抱の徳というのが大事だと。けどですね、皆さんも辛抱しておる、けれども、辛抱がまだ徳というところまでなっていない。だから辛抱の徳、辛抱の徳ができるところまで頂かにゃいけない。ね。三代金光様のご述懐のお言葉の中に、「はじめの間は、つろうてつろうて、よう泣きました」とおっしゃる。「お父君お父様が座っておれば楽じゃとおっしゃったから」、そうでしょうね、
まだ13か14のいうなら遊びたい盛りの子供が、朝から晩までここに座らんならんのですから。ほんとに泣く泣くご辛抱であっただろうとこう思いますね。「お父様が仰る事だからと思うて、泣く泣く辛抱しておりましたら、ほしいこともなくなり思う事までもなくなってきた」と仰っておられます。ですから欲しいものもなくなり、思う事もなくなりと言う様なところをもうすでに、我情我欲がなくなったと言う事なんです。
我情それは自分の思い。あれが欲しい、これが欲しいという我欲。もう欲しいものもなくなった、思うことすらなくなったと。泣く泣く辛抱しぬいておられたら、いわゆる辛抱の徳が身に付いておいでられたということ。そして有り難うて有り難うてと言う様なおかげになってみえておられる。その有り難いおかげを頂いて「信心もできんのに」と、最後にはもう、お詫びばかりをしておりますと言うて述懐しておられます。
もう信心の最高の極地でしょうね。お道の信心の、お詫びばかりをしておりますという、謙虚な姿です。あれだけのご修行と、あれだけのお徳を受けられて、それでまだ、「お詫びばかりをしております」とおっしゃるような尊い信心が、とても人間業ではできないと思われるようなことが、まさに続けられておいでられておる、そこに最高の辛抱の徳をお受けになられたんですね。
ですからやはり辛抱にはですね、「泣く泣く辛抱しいしいに」というところが、必要だということが分かりますね。ところがですそこを辛抱しぬかせてもらうとです、もう泣く泣くではなくて、有り難~く辛抱ができるわけです。一つのことを辛抱しぬかせて頂いた、その後味がいいでしょうが。それ中途半端になった時の、後味の悪さ。昨日、一昨日でしたか、古賀さんがこんなお届けをされた。
お腹が痛んだかなんかっちということだった。先生もう今日はおかげでじっくりあの、熟睡させて頂きましたらおかげで、すっきりおかげを頂きました。どうですか皆さん、その程度のことじゃないですか。熟睡させて頂いた。熟睡されるほどの痛さぐらいならば、まだ辛抱ができたということですよね。そういう意味合いで、うちの家内達はすばらしいと思うですね。そりゃなるほど、座りゃ眠ります。
そのかわりほんとに夜のご祈念なんか、一番最後に後ろの方から御理解頂いております。夜の御理解を頂く時でもずっと寄ってくるけれども、皆寄ってきてるのが気がつかんらしい。いつも後の方でぽかんと眠ってる。けれども私はここから、その眠ってる姿を見てから、もうほんとに有り難うなる。拝みたいような気がする気がするしね。ちょっとどうかある。もう休ましてもらう。
そんなそんなことではいわゆる泣く泣く辛抱ということにはならんとですわなあ。例えば泣く泣くでも辛抱させて頂いておりましたら、おかげですっきりおかげ頂きましたと、これならまだ分かる。ゆっくり熟睡させて頂きましたら、すっきりおかげを頂きました。それは辛抱のできないこともございますよね。例えば小便にでも行かにゃならんとば、「辛抱しとき」っち言っても無理ですから、ね。
さあ便所に行ったところがその、もう満員だったと、つまりじだんだ踏むごとやっぱかかる。ね。そういう辛抱をせろというのじゃないです。それでもやっぱり心掛けです。私どもは朝の五時に、こうして座らせて頂いたら、十二時までは便所に立ちません。これはもうよくせきな事だから立ちません。もうそれはそうそう心の中に思い誓わせて頂いております。ご神前のご神燈の落とす時でも、私はみんなおらびます。
立ちません。これはまあ自分のまあささやかな修行で他に何にも修行できんから、修行と思うとります。昨日久富先生がお届けされました。お風呂を頂かないということで、昨日でちょうど丸十年になるそうです。丸十年間お風呂を入られなかった。辛抱しぬかれたんですね。昨日一昨日でした。大工修行に行っとります三番目か四番目かの息子ですか、息子が一番口に、家の中でを綺麗にする一番口に建てたのは六畳でした。
まあそれは見事にとおっしゃるですけれも、久富先生のところのことですから、それはそのつり合うたものでしょうけれどもです、「もったいない様なお風呂ができました」と。そのお風呂ができ上がった時です、息子がその息子がここにお届けにきましてから、もう一生懸命でお届けいたしました。おかげを頂きましたからどうぞ一番口にです、父に入って頂きたいとこういうわけです。
ですから親先生、どうぞ父がお風呂を頂きますことをお許し頂きますように、というお届けがあった。別に私が「お風呂に入っちゃならん、お風呂に入らん修行をしなさい」というたわけでもないのですけれどもですね、辛抱しぬかれたところに、やはり許されてお風呂に入る、そんな感じがするじゃないですか。皆さん毎晩お風呂に入っておられる、皆さんも入っておられる。許されておるのかどうか分からん。
ほんとにそれは辛抱、それこそ泣き泣きと言う事が御座います。そこを辛抱する。小倉の初代なんか、それは大変厳しいお方だったらしいですね、桂先生というお方は。奥様はその厳しいのにもう耐えかねられて、何回となしにお里に帰っておられます。ご本部の近所であり、二代金光様四神様の言うなら、御仲人の様な事で御座いましたから、その事をお届けに出られると、その都度都度に仰っておられます。
「おミツさん、辛いか」と。「もう辛いのなんのと言うて、金光様もう他の修行なら、どげな修行でもします。」と。どげな辛抱でも致しますけれども、もうこのことばかりは辛抱ができませんと言う様な、「このことばかりは」と言う様な事があったんです。私その真相をある方から聞かせて頂いて、ご伝記なんて載ってません。そこ聞かせて頂いたらです、なるほどそう言う様な事だったら、ご辛抱はできなかっただろうと思う様な事をです、やはり金光様にお届けなさっておられます。ね。
他のことならどげな辛抱致しますけれども、このことだけは辛抱ができません、とおっしゃった。ね。その辛抱ができんところ、そこを神にすがって辛抱するのぞ、と言うておられます。さあそこを辛抱するのが辛抱だということです。こらえられるというのでは、まだ辛抱じゃないということ。ね。そういう辛抱のお徳が、身にお付きになってこそ、あの小倉の初代であり、初代教会長夫人であり、後の教会長としてです。
あの長生きなおかげをお受けになられたんです。九州中の信奉者から、ほんとに教母様、教母様と言われるようなお徳がおできになられたんです。お互いが辛抱しておる。ね。けれどもそれが、辛抱の徳というところまでいっとらん。十月の十六日ご大祭を後先にして、ちょうど一月前ぐらいから非常に、朝のご祈念がお参りが多かった。今年は特にご大祭がすんだ、もうその翌日から多かった。
いつも大祭がすむと、なんかこうやれやれと言った様な、その気がぬけるのでしょうか。一月ぐらいは元とるのに骨折るくらいにあった。今年反対だったですね。ご大祭が終ってもうあくる日からでした。いっぱい朝のご祈念に皆がお参りされた。総代さん方始め、皆幹部の方たちが皆顔をそろえてから、お参りして来た。ところがね、約一と月でしたね。今朝私はあの、御神前に出らせて頂きましたらね。
あの「忍」というのがありましょうが。忍草、忍草っち言って(笑)あの忍ですね、あのツタの一種です。こう夏なんかそれは丸く、こういっぱいこう葉が出るあの忍というのが。忍がこう吊るされてあるんですね。ああいうどこでもこう吊る下げてあります、吊り物ですもんあれはね。それに綱が一本切れてからですね、おっとこげな風に傾いておるところを頂くんですよ。あぁこれは椛目の信者のことだなと私は思うた。
そういう意味合いに置いてね、なら一ヵ月や二ヵ月は辛抱しぬかせてもろうと、一本の綱が切れて、こうもう今にも落ちそうになっておると言う事だと私は思うた。「忍」と言う事は辛抱だと私は思うた。忍びぬかせて頂くと言う事だと思った。ここにもう一つ言えば荷作り荷作りというか、綱の掛け直しをやってです、本気で辛抱させて頂かなければならない、辛抱しぬかせて頂いて、辛抱の徳を身に受けなければならないという、神の声を聞いたような気がするんです。そして今朝の御理解を頂いております。
一本の綱が切れて、もうもうそのあとの例えば四つなら四つのこう、綱がついとんなら、その一本が切れてあと三本になってる。もうまさに落ちようとしておる。そこんところに、私はその泣く泣く辛抱にというか、ね、辛抱の締め直しというのが、私は必要じゃないかとこう。もう一と月辛抱したからもう少しぐうたれて来た。そこんところをもういっちょ辛抱しぬかせ、いわゆるそのくくり直すということである。
心を。その繰り返しがでけて初めて、私は辛抱の徳というのが身につくのじゃないかと、こう思う。ね。もう何事にも辛抱が第一。とくに、とりわけ信心には、金光様がおっしゃった、「神信心には辛抱することが一番大切でございます」、一番とおっしゃった。自分の気分よか時だけ朝参りをする、自分の都合よか時だけ参り、まあこれはいうなら、気まぐれ信心だと、私は思う。ね。
皆さん気まぐれ信心になっちゃいけんでしょう。ね、おかげも気まぐれ。ね、私はいつも節度がある。私は夕べ休ませて頂いのは、もう二時だった。ちょうどあの富永先生が見えておりましたから、ああ十一時過ぎまでいろいろお話した。それからいろいろ整理物があったり、それから最後のご祈念させて頂いて、休む時にはもう二時だった。先生昨日いろいろその、お話しになっておられることの中に。
まあ折角、椛目に御用にお越し頂かれる様になったのだからひとつまあ、言うなら椛目流の一つのひれいとでもいうか、椛目には椛目流の信心を一つ分かって頂きたいなあと、こう思うた。それで私はあのどういう信心をなさったら、おかげが受けられなさるじゃろうかとこう思わして頂いて、昨夜ご祈念させて頂きよりましたら、頂きます事がですね若い方達があの、登山をする時に持って行くあの道具何と言うんでしょうか。
いわゆる登山の、登山用具なんですね。もう一式というのでしょう。あれが様々に頂くんですね。その中にあの、あれはザイルというんですか、あの打ち込んで登るやつ。あんなのなんかも、はっきり頂くんです。その中にですこの先芯棒じゃないけど、棒を一本頂くんですね。何の棒だろうかと私は思う。そしたら尚神様にお願いさせて頂きよったら、先の方にこの、いわゆるこうしたスコップですたい、ね。
スコップのこうそのそれにつけて下さる様な所を心眼に拝ませてもらった。ははぁ先生がほんとに一つ、修行でもさせて頂こうという気になっておられるな。信心は山登りと同じことと仰るが、ね、折角登るんならば、頂上を極めて、すばらしいなとこう言う様な所にですね、ような山を目指さなきゃつまらん。低い山に登ったって楽しみはなか。言わばその、登山の用具を使わにゃ登られん様な所へひとつ登ってみたい、と言う様な念願は持っておられるということだと、私は思うた。ね。
願いを持っておるけれども、今日の御理解から言うなら、辛抱ができておられんといったようなことじゃなかろうかと、私は思った。ね。信心信心は山登りのと同じことと、その山登りに必要なものは登山用具である。ね。ちゃんとでもするからにはやはり、小さなスコップの様なものがいるんじゃないでしょうかね、やはりね、そこにです本当の救いというか、私しゃスコップと言う事は、「神の救い」と言う様に感じた。
神の救いの手が差し伸べられるということ、そういうこの棒です。辛抱しぬかなければ、まだということである。昨日、古賀先生が言っております。こちらがその気にならせて頂いたら、神様が辛抱させて下さるようなお繰り合わせを下さるということ。「もう難しかろう」と思うところに、手掛けがあり足掛きがあるというようにですね、その生きれるように、神様し向けて下さるという。
昨日一日のことを、「もうこういうふうに、おかげを頂きました」ち言うて、富永先生に話してるんです。昨日はそんなこと、というようなことを話している。私は北野のご大祭に参りましたもんですから、あとはここへ古賀先生いつもは、久保山先生が奉仕されるんだけれども、今日は古賀先生、あんたが奉仕させて頂きなさい。さあ私おらんなら、しっかりひと修行させてもらう気持ちで、奉仕させて頂きなさい。
ところがどうしてどうして、あのしっかりしてなきゃ出来ん様なお取次ぎを、次から次へとそのさせて頂いておる。しかも自分ながらほんとに気持ちのよいというか、有り難いというか、ほんとに有り難いなぁと、よう取次者の冥利に尽きるという様な、そのお取次ぎを次々とさせて頂いておる。昨日、一昨日はとくに体がきつかった。ところがです、お昼に下がらせて頂いてから、先生感じたことです。も、
体はきついけれども、今日は午前中あんなに有難い、そのお取次ぎをさせて頂いたんだから、お礼の印に今日は頑張らせて頂こうと思うたち。ね。そしたらきついその体中に新しい血が湧いて来る様に元気な心を頂いたと言うとります。ね。さっきは私は古賀さんのお母さんの話をした。それと是と対象的でしょうが。ここが痛みますけんで熟睡させて頂きましたらおかげ頂きましたというのとは、だだ値が違うでしょう。ね。
こう、それがやはりおかげを頂かなければ。午前中にああいう御用に使うて頂いて…
(「昭和三十九年十二月八日、朝の御理解を終わります。」と入っている)